「つかなかった嘘」(アンダスン)

「結婚は人生の墓場」とはよく言われます

「つかなかった嘘」(アンダスン/金関寿夫訳)
 (「集英社ギャラリー世界の文学17 アメリカⅡ」)集英社

ワインズバーグの農場の作男、
50くらいの生真面目な性格のレイと
不良少年のハル。ハルは
つきあっている女性・ネルを
身籠もらせたことをレイに話し、
どうするべきかを問う。
ハルに何も答えることが
できなかったレイは…。

「結婚は人生の墓場」とはよく言われます。
「結婚生活はどうですか」と
未婚者に尋ねられれば、
誰しも「大変ですよ」と負の面の方を
答えたくなるのではないでしょうか。
たとえ家に帰れば
甘く幸せな生活を送っているにしても。

本作品に登場するレイの場合は、
そのような甘い夫婦生活では
なさそうです。
「お前さんときたら、
 年がら年じゅう、
 のろのろしてばかり」
「家にゃ晩に食べるものが、
 なんにもないんだから。
 急いで町へいって、
 すぐ帰ってきてもらわなけりゃ」
「子供はわめきつづけだし、
 お前さんときたら、どうしてまあ、
 そんなにのろまなんだろうねえ?」

レイの奥方の台詞だけを抜き出しても、
どんな夫婦関係かはよく分かります。
「結婚は人生の墓場」は、
彼にとっては冗談ではないのでしょう。

友人として、
そして人生の先輩として、
レイはハルにしっかり教えようと、
ハルを探して夕暮れの道を駆け出します。
そして彼に話す
ありったけのことを考えるのです。
自分には夢があったが
結婚でそれを諦めたこと、
子どもが生まれて
生活がより苦しくなったこと、
自分の人生は自分のものであること…。

しかし教えを請うまでもなく、
ハルは自ら結論に
たどり着いていたのです。
義務感で結婚するのではなく、
自分自身が彼女と
結婚したいからするのだと。
レイは道々考えたことを、
口に出さずにすんだのです。
「これでいいんだ。
 おれがあいつになんと言ったところで、
 そりゃ嘘になったにきまってるんだ」

レイのつぶやきです。

好きで惹かれ合った男女の結婚が、
負の面ばかりであるはずがありません。
一人ではなくなるからこそ、
捨てなければならない夢もあるのです。
楽しい思いを共有できるからこそ、
引き受けなければならない責任も
生じるのです。
若いハルにも、
そして老いたレイにも、
同じように幸せが訪れることを
祈らずにはいられません。

ほっと一息付けるような安心感と、
例えようのない孤独感の
両方を感じさせるアンダスンの傑作短篇。
味わい深いものがあります。

(2019.3.28)

tpsdave2によるPixabayからの画像

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